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3月 5日・A年・四旬節第二主日

創世記1-4a/ 詩編33・4+5, 12+13, 20+21/ 2テモテ1・8b-10/ マタイ17・1-9


私たちは、先週の灰の水曜日に強く強調された祈り、断食、施しという3つの重要な柱について思い起こし、四旬節を正しく遵守するためのいくつかの一般的なガイドラインについて共有しました。これらは、私たちカトリック信徒が良い判断と十分な寛大さによって、自分を振り返るのに正しい行いです。私たちは、四旬節第一主日の典礼のみことばからこれらのガイドラインの理解を深めようとしました。以前の厚意や行いの実りある振り返りに必要な内面的な沈黙を成し遂げ、私たちの日常生活で本当に重要なことを認識し理解する能力を含む必要な恵みを受けることを手助けしてくれるよう、私たち皆が望んでいる外面的な沈黙を考え直すよう招かれています。私たちは、内面を重要視しないで、厳しすぎる自己を創り出すべきではありません。確かに、重要に見えるものを選ぶという誘惑がありますが、しかし、私たちの信仰においてはそれほど重要でないか、まったく価値がないことなのです。四旬節の3つの柱を実践することで、私たちは他の人のために祈ることを学び、他の人に心を開くことを学びます。人間の弱さや世の中の弱さにも関わらず、私たちは内面的な平和と喜びを受け、その平和と喜びを他の人たちと分かち合います。この流れから、私たちは神様の今日のみことばを理解し始めるのです。

イエス様と弟子たちの関係においてとても重要な瞬間は、単にイエス様が彼らの先生であることは別として、キリスト、救い主、そして、待ち焦がれているイスラエルのメシアであることを認識できる瞬間です。もっと重要な瞬間は、彼らが完全に認識した先生でありメシアであるイエス様が、遅かれ早かれ何をされて、敵視している人々に引き渡され、磔にされ、最終的に十字架上で死ぬということを説明し始めた瞬間です。3日後に死から復活されることは、弟子たちがよく理解すべきもう一つのことです。私たちは、彼の最初の弟子たちのように、永遠の幸福、例えば、人生のいろいろな困難な事柄から私たちを永遠に解き放ってくれるメシアを切望しています。私たちにとって最高の場所を見つけた時、永遠にその場にとどまりたいと思い、その願いは永遠に続きます。先の事ではなく、明日ではなく、今すぐに!しかしながら、私たちは皆、地上での現在の生活において、もっと深く思い起こし、神様のぶどう園で成すべきことを達成することに勇気と喜びを見出すようにと招かれています。

洗礼の秘跡によって、私たちは「遣わされた」人々です。私たちは皆、神様の愛とキリストさまの平和を広め続けるために遣わされているのです。弱者には力を与え、声なき人々には他者と話すための声を、他の人々には正義と和解を通して、平和と静けさのための空間と場所を与えるために遣わされているのです。

第一朗読の創世記では、その使命についてよく説明されています。真にみことばを聞く神さまの子どもは、喜んで遣わされます。私たちは、この部分でどのように「遣わされる」のかについて、とても特別な理解があります。神の民を導くようにと遣わされたアブラムとその他の人々のはなしに続いて、神の民を導くという呼びかけに応えた彼らを神さまは、一人にはされませんでした。彼らを遣わされた神さまは共におられ、彼らの敵から守るために誠実であり続け、困難な時にも決して彼らを見放されませんでした。

第二朗読のテモテへの激励の招きでも、パウロは同じことを言っています。それは、人間からくるものではなく、確かに神さまからの聖なる招きです。それは、私たちに力と忍耐を与えてくださる神さまの力です。私たちは、私たちを遣わされた方と共に行くのです、と。

福音朗読では、弟子たちの前での山頂でのイエス様の変容を通して、私たちに自信を与えてくださる神さま、励ましと勇気を与えてくださる神さまを気づかせてくださるという結論へと導いてくれます。弟子たちはイエス様の行かれるところはどこへでも行くと言うでしょう。

私たちは、四旬節を遵守するためにとても助けになるテーマを与えられており、静けさの中でより多くの時間を過ごすことができます。私たちは、黙想するのに助けになる逃れ場を見つけるかもしれません。目を閉じて、とても都合の良い椅子に座り、その深さを感じながら、心に強く響く神さまからの語りかけを耳にする最高の機会があるかもしれません。読むべき良書にさえ巡り合えるかもしれません。しかしながら、ほとんどの場合、クリスチャンの生活は他の人々の喜びや悲しみを分かち合うという一番の費やし方をしています。神さまからの恵みを受けてきて、今こそ、私たちが恵みの道筋となって、人々が神さまのゆるしと愛を知り、経験することができるように手助けする時です。

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