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マリア様とともに

私たちの信仰共同体と、そして、神聖さへの召し出し

模範としての最愛の聖母マリアと共に


  主の平和がみなさんとともに

  私たちの小教区の共同体の活動は、小教区のすべての人ではないとしても私たちの多くによって、パンデミック以前と同じようにゆっくりと行われていると言えると思います。実際に、教会でお会いする人々が増えれば増えるほど、祈りの共同体としての姿が見えてきます。私たちが共に祈り、学び、そして、有意義な信仰の分かち合いへとつながる活動を協力し合って創り出していくこと、そして、他の人々にもっと手を差し伸べることを常に望むことで、最終的には、もっと善意を生きる(私たちの善意を具現化する)ことができるように、さらにモチベーションをあげることができます。私たちの小教区の人々を、日々の生活の中での真につながっている一人ひとりとして、本当の友人たちとして、私たちの生活の中での禍福なひと時の大切な知人として考えましょう。これからは、聖堂での空席、ごミサや祈りの間に聖歌を歌わないこと、そして、一般的なリモートコミュニケーションが、今までの4年間以上の歴史の一部となるよう祈ります。

  ここ最近の主日の典礼に沿って、私たちは、聖霊降臨のお祝いの後にも、いくつかの主なお祝いや重要な聖人を祝う最高位の祝祭日を共有してきました。私たちは、最も聖なる三位一体の祭日の時と同じように、キリストの御からだと御血の祭日について、さらに深く黙想するために必要な時間を費やしてきました。すべてを治めておられる神さま、私たちの信仰が強められますように。信仰が強められるということは、イエス様が地上におられた間(イエス様の使命/司牧的活動の始まりから、ご受難と死、ご復活に至るまで)に、イエス様が信者と聴衆たちにずっと伝えてこられた価値観と新しい社会を他の人々にも伝える(広める)ことであるという理解に私たちを導いたのは、信仰の一陣の風でした。

  多くの人々は、地上で聖なる生活を送ってきました。聖なる人々はお互いに、イエス様を生活の中心にしています。彼らは、たくさんの、そして、異なったカリスマ性を持っているかもしれませんが、私たちの世代の人々は、信仰生活と神聖さの面で彼らを尊敬しています。私たちには、聖マルティン・デ・ポッレス、十字架の聖ヨハネ、アビラの聖テレジア、リマの聖ローザ、聖ロレンソ・ルイス、その他の多くのお気に入りの聖人たちがいます。おそらく私たちカトリック信者のほとんどは、例えば私たちの最愛の聖母、イエス様の母である聖母マリアの御像のように、形のあるものを持っています。多分近年において、無原罪の御宿り(処女懐胎)の意味、そして、同様に、私たちの最愛の聖母マリアが地上での命を終えられた時に、マリア様が体も魂も昇天されたことの意味の詳細はまだ解き明かされていません。ですから、世界中のカトリック教会では、聖母被昇天の祭日のお祝いをします。私たちは、マリア様の特別な役割、言わば、神さまの救いの御計画におけるマリア様の比類な役割が、すべての善と聖なるものを可能にしたということを理解しています。それ故に、教会は、聖母被昇天祭を神聖さへの召し出しについて黙想する日でもあると考えています。マリア様は、キリストのために生きられ、今も生きておられます。マリア様は私たちの模範です。それで、私たちは、イエス様を私たちの生活と私たちの信仰共同体の中心とするのです。ですから、私たちの神聖さへの召し出しは、私たちのためでもある天国の王国の可能性を、私たち皆が望み、知るために、とても理にかなっているのです。そして、すべての聖人との交わりは、本当に可能なのです。

  いつか私たちは皆、すべての聖人との交わりの恵みを分かち合う事を祈るでしょう。同時に、私たちは、すべての亡くなった兄弟姉妹たちのためにも祈ります。誰も知る人はいませんが、彼らの多くも、天国の王国で素晴らしい交わりを分かち合っていると、私たちは信じています。

  亡くなった信仰厚い人々の魂が、神さまのいつくしみを通して、平和の内に憩うことができますように。アーメン。



私たちの共同体に溢れる神さまのいつくしみ

そして、聖母マリアの被昇天のお執り成し


  主の平和。私たちの共同体は、いつくしみの聖母マリア様の祭日をお祝いしました。みなさん、おめでとうございます!! 私たちの小教区のために豊かな歴史を築き、人種、文化、そして、肌の色を超えて、すべての人へのイエス様のいつくしみの実り豊かな広がりのために、私たち一人ひとりが寄与していることに感謝します。私たちは、聖母マリア、私たちのいつくしみの聖母を模範としています。

  私たちの小教区の真に勇気のある男性、女性、そして、子供たち、そして、聖母マリア、私たちのいつくしみの聖母の保護のもと、私たちの小教区の祭日を熱心にお祝いする人々は、とても勇気のある人々であり、そして、私たちの信仰共同体の基礎を築く時に、聖霊によって導かれた最初の宣教者たちのビジョンと使命に心の底から立ち戻ることを進んで行う人々です。十分な祈りと黙想を行った後、いつくしみの聖母を象徴とする真の擁護者たちは、聖霊の働きに対して真摯に心を開くこと、そして、現代のたくさんの課題の中で最初の宣教者たちのビジョンと使命を続けることを多大な喜びとしています。私たちは皆、永遠のいつくしみとすべての人に対する神さまの愛に基づいている私たちの小教区のビジョンと使命に対して、忠実であり続けましょう。私たちが、最もいつくしみ深い神さまの子どもとして本当に認められるために、私たちは、イエス様が地上におられる間、渇きと飢えに苦しんでいたすべての人々に対して、いつもいつくしみを持ってイエス様は心を動かされていたことを忘れません。そして、神様のいつくしみと正義、そして、平和の擁護者である私たちの保護聖人、聖母マリア、いつくしみの聖母にお執り成しを願います。私たちの日本の教会とその他の兄弟姉妹たちが、世界の平和と正義のために祈り願う一方で、私たちは、私たちのいつくしみの聖母であるマリア様のメッセージについて、理解を深めましょう。


  神さまのいつくしみ、正義、平和の擁護者として、聖母マリアは、天国の王国ですべての聖人たちの交わりにお入りになります。聖人たちの並外れた祈りの生活と、彼らがまだ地上にいた時のいつくしみの行い故に、私たちは彼らの神聖さを真に認めます。私たちもまた、神聖さへと召されていること、そして、天国にある神さまの王国へと招かれていることを、私たちの最愛のおかあさまである被昇天の聖母は、ずっと私たちに思い出させてくださいます。私たちは、天国の王国におられる聖人たちとのつながりを深めるようにと召されています。他の人々へ神さまのいつくしみのメッセージを広めるということは、その人たちの心の中に神さまの王国を築くことに貢献することを意味します。私たちの神聖さの模範として、そして、いつくしみの行いの模範として、私たちの被昇天の聖母と共に、私たちには、天国のすべての聖人たちが共にいてくださいます。


  神聖さのために私たち皆が努力する時も、全世界の平和と正義のために祈る方法と手段を探しましょう。私たちは、すべての人々の心の中の平和のために祈るのです。


  私たち皆が日本のその他の兄弟姉妹たちと一緒になって、永遠の平和のために、そして、亡くなった兄弟姉妹たちのために祈ることも、とても時宜にかなっています。彼らもまた、神さまのいつくしみと神聖さの擁護者であり、被昇天の聖母である私たちの最愛のマリア様のように、天国の王国に招かれますように。

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